



サン・ラーが仕掛ける人類移送計画!
音楽を燃料に大宇宙を航行し
見つけた理想郷!
アメリカ航空宇宙局(NASA)
の追手をかわし、
ジャズで人類を移送できるのか!?
ハーマン”ソニー”ブラントとして地球に姿をあらわしたサン・ラー(1914 – 1993)は、アメリカのジャズ作曲家であり、バンド・リーダー、ピアノとシンセサイザー・プレーヤーであり、実験音楽、宇宙哲学、多作な出力、演劇で知られる詩人と哲学者だった。サン・ラーは絶えず変化する名前と柔軟なラインナップを持つアンサンブル「アーケストラ」を率いた。彼は地球でのキャリアの過程で、数十枚のシングルと百を超えるフルアルバムを録音、作曲数は1000曲をはるかに超え、20世紀で最も多作なレコーディング・アーティストの1人となった。
アラバマ州で育ったブラントは、1940年代にシカゴのジャズ・シーンに参加するようになる。彼はすぐに出生名を放棄、エジプトの太陽神にちなんでサン・ラーと名乗り、自身をアフロフューチャリズムの先駆者とする複雑なペルソナと神話を開発した。彼の幅広く折衷的で前衛的な音楽は、スウィング・ミュージックやビバップからフリー・ジャズやフュージョンに至るまで、事実上ジャズの歴史全体に影響を与え、彼の作曲はキーボード・ソロから30人以上のミュージシャンのビッグバンドにまで及んだ。
1950年代半ばから93年に地球を去るまで、サン・ラーは音楽集団アーケストラ(マーシャル・アレン、ジョン・ギルモア、ジューン・タイソンなどのアーティストをフィーチャーした)を率いた。そのパフォーマンスには、古代エジプトの服装と宇宙時代に触発された精巧で未来的な衣装を着たダンサーやミュージシャンが含まれることが多かった。サン・ラーはメインストリームでの商業的成功は限られていたが、多作のレコーディング・アーティストであり、ライヴ・パフォーマーであり、彼の音楽とペルソナに関して生涯を通じて影響力と物議を醸し続けた。サン・ラーは現在、広く革新者と見なされている。
なおサン・ラーは1937年頃、突然強く明るい光に包まれ、一時的に土星にテレポートしている。UFOによる誘拐事件が広く報道され、人類が宇宙人を意識し始める20年以上も前の話である。サン・ラーは1988年に一度来日したことがある。
ジョン・コニーは、公共テレビの初期の頃にキャリアをスタートさせた。1968年、彼はプロデューサーのジム・ニューマンと共同で、1958年から1970年までニューマンのプライベート・アートギャラリーの名前であった「Dilexi」というシリーズの制作を開始した。ニューマンはアーティストがより広く人々にリーチできるツールとしてテレビを活用、12組のアーティストを揃えテレビのプログラムを制作した。その面々には、ダンサーのアンナ・ハルプリンとイヴォンヌ・レイナー、ビジュアル・アーティストのアンディ・ウォーホルとフィリップ・マカンナ、作曲家のテリー・ライリーとフランク・ザッパ、映画製作者のロバート・ネルソン、映画監督たちがいた。1972年、ニューマンとコニーがこのDilexiの流れでサン・ラーと接触、映画プロジェクトが始まった。結果、このプロジェクトは『サン・ラーのスペース・イズ・ザ・プレイス』として結実、1974年に完成した。
標準的なブラックスプロイテーション映画の設定と要素のなか、<宇宙雇用機関>の存在が本作を並外れたものにする。
本作には、おかしな瞬間がいくつもあるが、サン・ラーは輝いている。彼にとって、宇宙空間は単なる仕掛けや曲タイトルの情報源ではなかった。それは人種差別が機能しないゾーンだったのだ。
SFとブラック・パワーのレトリックでドレスアップされた、気さくなシュールレアリストの本作は、十分に快適に楽しめるが、音楽は厳密には偶然のように思える。
もっと音楽があってもよかったかもしれないが、このバージョンは、90年代初頭にVHSで発売されたものより20分長く、サン・ラーのピラミッドの陰での1972年エジプトでのコンサートの映像も含まれていて最高だ。
『サン・ラーのスペース・イズ・ザ・プレイス』は、前例のないスタイルの縮図だ。これは、SF、歴史小説、ファンタジー、アフロフューチャリズムの完璧な組み合わせだ。
サン・ラーの『スウィート・スウィートバック』(71年、メルヴィン・ヴァン・ピーブルズ監督)との接近遭遇。『第七の封印』(57年、イングマール・ベルイマン監督)と『エル・トポ』(70年、アレハンドロ・ホドロフスキー監督)のあいだのどこかに位置する、長きにわたり失われていた伝説の映画だ。
その笑える台詞、プロによるものとは思えないアマチュア風の特殊効果、そして比較したら『パルプ・フィクション』が単調に思えるほどのプロットラインにもかかわらず、本作は非常に魅力的な映画だ。カルト・クラシックであり、サン・ラーファン必見である。
『サン・ラーのスペース・イズ・ザ・プレイス』は、サン・ラ-の音楽と同じように非効率的で神秘的だ。50年代と60年代SFの安っぽい美学(カート・ニューマン監督『火星探検』のような)へのオマージュとして意図的に考案されたそのビジュアルは、爆発的に超越的な映画体験でラーの宇宙進化論と衝突する。
私はいつも、サン・ラ-がこの映画を彼の宇宙観の正直で説得力のある蒸留として見ていると感じていた。